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2月22日 ニコ生岡田斗司夫ゼミ感想 「美少女アニメはプロレス!!」【岡田斗司夫】

僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない (PHP新書)

 

2月22日「ニコ生岡田斗司夫ゼミ」気になった部分をピックアップ。

 

ニコ生岡田斗司夫ゼミ 2月22日号「特集・宮﨑駿とジブリ」 - 2015/02/22 20:00開始 - ニコニコ生放送

 

「ロボットアニメ」と「美少女アニメ

 

オタクアニメは、「ロボットアニメ」と「美少女アニメ」の二つに分かれる。【会員限定】部分冒頭より。

 

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・ロボットアニメについて

 

日本で戦争反対の意見がメジャーになる以前は、昭和30年代の少年サンデーに代表されるように少年誌といえばミリタリー特集だった。男の子は戦争がすごく好き。昭和30、40年代はそれが最新兵器や戦記モノだったが、自分たちのリアルな欲望を直視することがすごく辛くなってきた。反戦の流れもあって。

 

そこにロボットアニメが登場。戦記モノはロボット物に取って代わった。ここ30~40年のオタク文化はリアルな欲望をいかにバーチャルで見せるか。それがロボットアニメ自分たちの欲望を少してずらして、自分たちの戦いを見たいという欲求、兵器を見たい欲求を満たした。

 

少しずらすことで、オタクは戦争反対を語れるようになった。

 

美少女アニメについて

 

美少女アニメはプロレス。昭和30年代40年代に男の子がプロレスにはまった理由は肉体性。仮面ライダーウルトラマンも同じく肉体性。

 

しかし、今は「まどマギ」がどれだけ流行ろうとも、その戦闘シーンを真似するオタクはいない。今のオタクは、女の子が死ぬような目にあいながら戦うアニメを山ほど見るようになった。その理由は、画面にいる美少女が実は女の子ではなくて自分たちの中にある欲望を摩り替えたものだから。戦争が好きという欲望を摩り替えてロボットアニメになったのと同じ。

 

格闘が好き、戦いが好き、プロレスみたいなのがすき、ただし現物のプロレスは汗臭くて泥臭くてうっとおしくて見てられない!そのプロレスを何とかどうにかできないのか?設定を加えてもっと知的なものにできないのか?清潔にできないのか?美しく出来ないのか?といった形でと美少女アニメの方になっていく。

 

TVタックル」ではカットされたが、美少女アニメに関して「女の子が好きだ」「日本人はロリコンだ」というだけでは語れない。歌舞伎の黒子がそうだが、日本人は抽象化が西洋人よりも上手い民族。表面に現れているもののその奥に欲望のすり替えがある。

 

オタクは、そのすり替えを行った上で欲望の固定化を行っているので、元来の欲望であったリアルミリタリーやプロレスを必ずしも必要としない。

 

感想

 

「ロボットアニメ」と「美少女アニメ」の話を聞いて、オタクの欲望のすり替えの歴史と宮崎駿が抑圧していた作家性を徐々に解放していく過程とが妙に連動性があるように思えました。

 

放送全体は、過去に何度か話した内容もところどころありましたが、トータルで見ると宮崎駿富野由悠季を中心に作家性とは何なのか?と考える上でなかなか興味深い話が多かったと思います。

 

ただ、視聴者数も随分減ってどことなく活気がないように感じました。ここ何回かあったアンチコメントタイムがなかったなー。